2016年2月23日
こんにちは。
毎日歩き回って結構疲れが溜まってきたので、今日は軽くブラブラするだけにしました。
行動がワンパターン化してきましたが、とりあえず宿の近くにあって嫌でも目に付いてしまうカピトリオ。
工事中で建物に足場が掛かっているのであまり美しくないのですが、それでも雰囲気は大好きです。
何回もカピトリオの写真を載せてるので、他の投稿を読んでくれてる方達は飽きてしまってるかもしれませんが。。。
↓ もっと飽きてるかもしれませんが、今日のクラッシックカー。メルセデス・ベンツ。
↓ とどめはハムチーズパン。これはちょっと高くて15CUP(約75円)。でも分厚いハム。
今日もオビスポ通りを通ってブラブラと。
モヒート発祥の地として知られるバー「ラ・ボデギータ・デル・メディオ」。
店内に落書きが沢山してありますが、店の外の壁にもびっちりと落書きが。
ほとんどがハートマークの中に恋人同士の2人の名前が書かれていて、一緒に書く相手がいない私にとってみれば羨ましい限りです。
↓ 犬は可愛いけど何か怪しい感じ。記念撮影用? 占い師か何か?
続いて、支倉常長像(Estatua de Hasekura Tsunenaga)を見に行きます。
↓ 支倉常長像の近くのベンチで寝ていたおじさん。この後、何故か警察に連れていかれてました。
支倉常長は、仙台藩初代藩主伊達政宗の命を受け、1613年に通商交渉のためにヨーロッパへ出向いた人です。
出航後は、メキシコを経由してスペインに上陸。
スペイン上陸後は、1615年1月30日、スペイン国王のフェリペ三世に謁見(えっけん:身分の高い人に会うこと)。
続いて、スペインから陸路でローマに移動後、1615年11月3日にはローマ教皇パウルス五世に謁見。
マドリードでフェリペ三世との交渉作業。
と大活躍ですが、日本国内でキリスト教への風当たりが強まって来たこともあり、残念ながら通商交渉は失敗に終わっています。
常長は、数年間ヨーロッパに滞在して1620年9月20日に帰国しましたが、不運にも当時の日本はキリスト教禁止令が発令されており、帰国の2年後に失意のうちに亡くなられたそうです。
で、この支倉常長像が何故キューバにあるかと言うと、
常長を含む使節団はスペインに渡る際にキューバにも立ち寄っていて、キューバの土を踏んだ初めての日本人らしい。
そんな事もあって、日本国とキューバ共和国の恒久平和と友好関係の象徴として、仙台育英学園及び学園関係者の寄付によって建立されたそうです。
仙台育英学園、なかなかやりますね。
キューバで触れる日本も新鮮なものがありました。
像の周りには、仙台で行われる春夏秋冬の祭りの写真が。
↓ 石で池を表してその上に橋が掛かっています。日本人なら雰囲気がよくわかりますね。
引き続きブラブラと。
↓ サンアンヘル教会(Iglesia del Santo Angel Custodio)。近くで見ると一段と綺麗です。
疲れていたので宿でしばらく休憩しました。
休憩後に夕飯を食べに外へ。
道を歩いてたら、上からヒモに縛ったバッグが下りてきました。
建物の下に何かの物売りの人が来たらしくて、2階に住んでる人が外に出るのが面倒くさいのか、ベランダから長い紐にくくったバッグを下ろして中に商品を入れてもらうみたい。
他の国でも見る光景ですが、2階くらいなら外に出てきても良いような気もしますよね。。。
写真だと大きさが分かり辛いかと思いますが、いつも食べてたピザと違って、今回は少し大きめのピザを食べてみました。
大きさとしては、日本の宅配ピザのMサイズ位ですかね。
チーズピザを買ったので、日本のようにトッピングが沢山のってはいませんが、アツアツで美味しかったです。
こんな大きなピザでも、ハバナだと30CUP(約150円)で食べられます。
以上、今日は少しだけハバナの街を散策しました。
では、また。